だれかに話したくなる本の話

欧米各国が「元スパイ」プーチンを理解できない本当の理由

1月20日の就任以来、選挙戦で公約にしていた政策を矢継ぎ早に実行すべく大統領令を連発するアメリカ大統領ドナルド・トランプに、世界には困惑と混乱が広がっている。

かつてほどの圧倒的な国力はないにしても、やはりアメリカはアメリカだ。大魚が突然方向転換をすれば、その影響は水槽の隅々にまで及ぶ。

このざわついた世界の中で不気味な落ち着きようを見せているのがロシアである。

思えば2015年9月にロシアがシリア内戦に介入して以降、世界情勢のプレゼンスにおいてロシアはアメリカと完全に肩を並べた感がある。

アメリカは内戦を止められず、反対にロシアはアメリカ抜きで停戦合意・和平交渉に持ち込んだ(ただ、今のところ成果には乏しい)。そして、他ならぬアメリカが「クロ」と結論づけた、大統領選挙へのハッキングによる干渉である。ロシアの台頭とアメリカの凋落を印象づけるような出来事がここ数年特に目立っている。

■「プーチンはいまだに別の世界に住んでいる」

日本にとっても欧米諸国にとっても、ロシアは思うに任せない、したたかで、そして時に不可解な国だ。そしてその印象はそのまま、指導者であるウラジーミル・プーチンに重なる。

「プーチンはいまだに別の世界に住んでいる」とは、2014年にドイツ首相のアンゲラ・メルケルが言ったとされる言葉だが、プーチンについて前提として知っておくべきなのは、彼が西側諸国と価値観を共有する機会をほぼ持たずに生きてきた人物だということである。

プーチンは共産主義下のソ連・レニングラード(現サンクトペテルブルク)で育ち、海外への留学歴もない。KGB時代の1985年に東ドイツのドレスデンに赴任したことが、政治家として頭角を現す前の、唯一といっていい欧米滞在歴である。

しかし、いうまでもなく当時の東ドイツは、冷戦によって物理的にも政治的にも西側諸国と隔てられていた。赴任先のドレスデンは事実上ヨーロッパではなく、他のどこよりもソ連に似た場所だった、というのはプーチン自身も明かしているところである。

■「元KGB」の肩書に警戒する西側諸国

『プーチンの世界』(フィオナ・ヒル、クリフォード・G. ガディ著、畔蒜泰助監修、濱野大道、千葉敏生訳、新潮社刊)は、こうしたプーチンのキャリアを様々な角度から取り上げたうえで、西側諸国が陥りがちな誤解に注意を促す。

ある出来事について、プーチンが西側の価値観と異なる捉え方や説明をした時、メディアも含め西側諸国は、その理由を彼の一番目立つキャリアに求めがちだ。「元KGB」というのがそれで、その昔の肩書のインパクトから、プーチンが意図的に事実を歪めているかのような印象を持ちやすい。

確かに、KGBは嘘や隠ぺい、情報操作を武器として駆使する組織であったし、プーチンはその組織の職員であり、スパイだった。しかし本書では、西側諸国がプーチンを理解できないことと、彼のキャリアとは本質的には関係がなく、彼が物事を欧米流にとらえるだけの教育と実践を積んでこなかったことに主な原因があるという見解を示す。

実際、本の中で取り上げられているプーチンの発言を読むと、資本主義についても、民主主義についても、戦争についても、そして国家についても、欧米的な考え方とは根本的に異なっていることがわかる。プーチンは事実を曲げているわけではない。欧米的に物事を考えることができないのだ。

しかし、社会生活の中でなら「価値観の違い」のひとことで片付けられることでも、国際政治や外交の世界では時として大きな火種になることは想像に難くない。ジョージ・ブッシュ政権後期以降のアメリカとロシアは、互いに互いを苛立たせ続けてきたが、ロシアに限っていえば必ずしも敵意が先にあったわけではないようだ。

本書では、プーチンの思想的な土台と行動原理、大統領としての最優先事項などについて「国家主義者」「歴史家」「サバイバリスト」「アウトサイダー」「自由経済主義者」「ケース・オフィサー」という、彼を象徴する6つの側面から解き明かしていく。

これらの側面を読み解いた時、2014年のクリミア危機や第二次チェチェン紛争など、プーチンの大統領在任中に起きた出来事について、日本での報道から受けるそれとはまた違った印象を持つにちがいない。

(新刊JP編集部/山田洋介)

『プーチンの世界』

プーチンの世界

謎に包まれた「皇帝」の素顔を知る最良の書。

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山田洋介

1983年生まれのライター・編集者。使用言語は英・西・亜。インタビューを多く手掛ける。得意ジャンルは海外文学、中東情勢、郵政史、諜報史、野球、料理、洗濯、トイレ掃除、ゴミ出し。

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