だれかに話したくなる本の話

「アラビア語=難しい」説への多少の反論

提供: 新刊JP編集部

こんにちは編集部山田です。

先日ついに100回目を突破したベストセラーズインタビューですが、個人的に一番ハッとさせられたのは第86回に登場してくださった山下澄人さんです。「始めたことを、辞めるのが面倒で続けてしまう」ということを話していたんですけど、これ僕もそうなんですよね。

面倒くさがりでなかなか新しいことを始めないが、一度始めるとやる気がなくなろうがモチベーションが消えようが続ける。辞めるのが面倒くさくて続けるという。「継続力」といえば聞こえはいいが、たぶん短所です。人生の小回りがまったく効かなくなる。

しかし、短所なりに役立つこともありまして、たとえば語学学習なんかは無思考無批判に毎日とりあえず続けるのが上達の近道だったりします(自動翻訳の水準が上がっている時代の語学習得にどれほど意味があるかという問題はおいておいて)。

■アラビア語は難しい言語か?

そんなこんなでここ3~4年ほどアラビア語フスハーの学習を続けています。

表紙

「フスハー」っていうのは書き言葉のことで、新聞・雑誌とか「コーラン」で使われる言葉です。話し言葉は「アーンミーヤ」と言いますが、こちらは今のところノータッチ。

「なんでアラビア語を?」とよく聞かれますが、特に理由はありません。なんとなくです。なんとなく始めてなんとなく3年続けてしまう人間です。やっていて「楽しい」と感じたこともありません。「続ける理由は始めてしまったから」というゾンビのごとき再帰性が山下澄人的人間の特質なのです。しかしおかげさまで中級くらいの実力はついたような。

さて、そのアラビア語ですが、ほとんどの人にとっては縁遠いし、難しそうでよくわからないものという印象でしょう。

学習している感触も似たようなものです。難しいし、よくわからない。ただ、「何が難しいのか」「何がよくわからないのか」というのはおぼろげながら見えてきた感じです。

あと、一般的な印象としてのアラビア語の難しさには誤解も多々あるように思ったので、この場で少しずつ誤解を解きつつ、アラビア語の特異性についても紹介していければいいなと思っております。

■うねうねした文字列にびびってはいけない

アラビア語といえば、ヘビがのたうつような、独特な文字が有名ですね。「こんなのどうやって読むんだよ」というのが大方の感想だと思います。

ただ、これって実は恐るるに足らずというか、アラビア語の難しさの本質ではありません。

アラビア語にも英語でいうアルファベットにあたるものがあります。それらが「筆記体で書かないといけない」というルールがあるからつながっているだけ(なぜ筆記体かというと、ブロック体で書くと見た目が似てしまう別個の文字がある)。

だからアルファベット(にあたるもの)を覚えてしまえば文字列自体を難しく感じることはないです

表紙

これがアルファベット表。

日本人が英語に初めて触れる時、アルファベットを習う前にいきなり筆記体の文章を見せられたら、やっぱり「ヘビがのたうつような難解な文字を使う言語」だと感じるはずです。

だからうねうねした文字はアラビア語の難しさとは関係ない。単純に「出会い方」の問題であり、「筆記体って読みにくいよね」という問題です。アラビア語に限ったことではないです。

まだまだ書きたいことはあるのですが、めちゃくちゃな長さになりそうなので、次回に譲ります。

次回は「アラビア語は辞書を引けるようになったら一人前」という格言(?)について書こうかな。

ではまた。

新刊JP編集部

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山田洋介

1983年生まれのライター・編集者。使用言語は英・西・亜。インタビューを多く手掛ける。得意ジャンルは海外文学、中東情勢、郵政史、諜報史、野球、料理、洗濯、トイレ掃除、ゴミ出し。

Twitter:https://twitter.com/YMDYSK_bot

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